がん治療の前に「精子保存」を|妊孕性温存を泌尿器科専門医が解説
監修
小林知広
日本専門医機構認定 泌尿器科専門医
この記事の要約
✅ がん治療(抗がん剤・放射線)は精子を作る機能にダメージを与え、不妊の原因になることがある
✅ 治療前に精子を凍結保存しておけば、将来の妊娠の可能性を残せる
✅ 精子凍結は治療開始前の限られた時間が勝負。早めの相談が重要
✅ 当院院長は、がん患者の精子凍結に関する研究を国際誌に発表してきた専門医
✅ 「子どもを持つ選択肢」を残すことは、がんと闘う力にもつながる
この記事を読むべき人:
- がんと診断され、これから治療を受ける男性
- 抗がん剤・放射線治療を予定している方
- 将来子どもを持つことを考えている方
- お子さん・ご家族ががん治療を受ける予定の方
- 妊孕性温存(妊娠する力を残す)について知りたい方
読了時間:約8分
監修医師
小林 知広(こばやし ともひろ) 天拝坂こばやしクリニック 院長
保有資格:
- 日本専門医機構認定 泌尿器科専門医
- 日本メンズヘルス医学会認定 テストステロン治療認定医
この分野の専門性: 院長は獨協医科大学越谷病院でアンドロロジー(男性医学)・男性不妊専門外来を担当し、がん患者さんの精子凍結保存に関する研究を国際誌(International Journal of Hematology)にファーストオーサーとして発表しました。この論文は日本臨床腫瘍学会のがん・生殖医療ガイドラインにも引用されています。
はじめに|がんと「子どもを持つ未来」
がんと診断される。それだけでも大きなショックです。
頭の中は治療のことでいっぱいになり、「将来子どもを持てるかどうか」まで考える余裕はないかもしれません。
しかし、ここで知っておいていただきたいことがあります。
**がん治療は、精子を作る機能にダメージを与えることがあります。**そして、治療が始まる前であれば、将来の妊娠の可能性を残す手段があるのです。
それが精子凍結保存です。
私自身、これまで血液腫瘍(白血病・リンパ腫など)の患者さんの精子凍結に関する研究に取り組み、国際誌に論文を発表してきました。その経験から、「治療前に知っておくこと」の大切さを強く感じています。
この記事では、がん治療前の精子保存について、アンドロロジーを専門とする泌尿器科医の立場から解説します。
なぜがん治療で不妊になるのか
抗がん剤(化学療法)の影響
抗がん剤は、がん細胞のような「活発に分裂する細胞」を攻撃します。
しかし残念なことに、精子を作る細胞(精細胞)も活発に分裂している細胞です。そのため、抗がん剤は精子を作る機能(造精機能)にダメージを与えてしまいます。
特に影響が大きいとされる薬剤:
- アルキル化薬(シクロホスファミドなど)
- プラチナ製剤(シスプラチンなど)
ダメージの程度は、薬剤の種類・量・治療期間によって異なります。
放射線治療の影響
精巣(睾丸)やその近くに放射線が当たる場合、造精機能が低下します。精巣は放射線に非常に敏感な臓器で、少ない線量でも影響が出ることがあります。
手術の影響
精巣腫瘍などで精巣を摘出する場合や、骨盤内の手術で射精に関わる神経が影響を受ける場合があります。
治療後、精子は回復するのか
「治療が終われば元に戻るのでは?」と思われるかもしれません。
確かに、治療後に造精機能が回復するケースもあります。しかし——
- 回復するかどうかは事前に予測できない
- 回復するとしても数年かかることがある
- 回復せず、無精子症(精子が作られない状態)になることもある
つまり、**「回復するかどうかは賭け」**なのです。
だからこそ、治療前に精子を保存しておくことが、確実に将来の選択肢を残す方法になります。
精子凍結保存とは
精子凍結保存とは、がん治療を始める前に精子を採取し、液体窒素(−196℃)で長期間凍結保存しておく方法です。
凍結した精子はどう使うのか
将来、お子さんを希望するときに、凍結保存した精子を融解して、
- 人工授精(AIH)
- 体外受精(IVF)
- 顕微授精(ICSI)
といった生殖補助医療に使用します。
どのくらい保存できるのか
適切に凍結保存された精子は、長期間(10年以上)保存しても受精能力を保つとされています。実際に、長期保存した精子で妊娠・出産に至った例も多数報告されています。
精子凍結は「時間との勝負」
ここが最も重要なポイントです。
精子凍結は、がん治療が始まる前にしかできません。
がんの治療は一刻を争うことも多く、「精子を保存している時間はない」と思われがちです。しかし、精子の採取自体は1回の射精で完了することも多く、短時間で実施できます。
問題は、治療開始前という限られたタイミングを逃さないこと。
がんの診断を受けたら、治療方針が決まる早い段階で、**主治医に「精子を保存したい」と伝えてください。**そして泌尿器科・生殖医療の専門医に相談してください。
「もっと早く知っていれば」という後悔をしないために、この情報を知っておいていただきたいのです。
思春期・小児のがん患者さんの場合
小児・思春期のお子さんががんになった場合、精子凍結の可否は年齢・発育段階によります。
- 射精が可能な年齢であれば、精子凍結を検討できます
- まだ精子が作られていない年齢の場合、精巣組織凍結という研究段階の方法もありますが、確立した方法ではありません
デリケートな問題ですが、お子さんの将来の選択肢に関わることです。ご家族と主治医、そして専門医を交えて相談することが大切です。
がん・生殖医療(オンコファーティリティ)という考え方
近年、「オンコファーティリティ(Oncofertility)」=がん治療と妊孕性温存を両立させる医療という考え方が広がっています。
がんを治すことが最優先なのは言うまでもありません。しかし、**治療後の人生(QOL:生活の質)**も同じように大切です。
「がんを克服した後、家族を持ちたい」——その願いを叶えるための準備が、精子凍結保存です。
日本でも、各自治体でがん患者の妊孕性温存に対する助成金制度が整備されつつあります。経済的な負担を軽減できる場合がありますので、お住まいの自治体の制度も確認してみてください。
医療者の皆様へ|精子凍結の啓発について
私が国際誌に発表した研究では、血液腫瘍を扱う医師(血液内科医)の精子凍結に対する意識を調査しました。
その結果、精子凍結の重要性は認識されているものの、実際の説明・実施には施設間でばらつきがあることが分かりました。
がん診療に携わる医療者が、治療前に精子凍結という選択肢を患者さんに伝えること。これは患者さんの将来にとって非常に重要です。当院は、地域のがん診療施設と連携し、妊孕性温存の啓発にも取り組んでいきたいと考えています。
よくある質問(FAQ)
Q1:がんの治療を急いでいます。精子保存している時間はありますか?
A:精子の採取は1回の射精で完了することが多く、短時間で実施できます。まずは主治医に「精子を保存したい」と伝え、できるだけ早く専門医にご相談ください。治療開始前のわずかな時間でも実施できる場合があります。
Q2:精子凍結の費用はどのくらいですか?
A:施設によって異なります。また、近年は各自治体でがん患者の妊孕性温存に対する助成金制度が整備されつつあります。お住まいの自治体の制度もご確認ください。
Q3:治療後に自然に回復することもあるなら、保存は不要では?
A:回復するケースもありますが、回復するかどうかは事前に予測できず、無精子症になるリスクもあります。「確実に選択肢を残す」ためには、治療前の保存が最も確実な方法です。
Q4:何歳まで精子凍結できますか?
A:射精が可能で精子が確認できれば、年齢の上限は基本的にありません。ただしがん治療のスケジュールとの兼ね合いがあるため、早めのご相談が大切です。
Q5:凍結した精子はどのくらい持ちますか?
A:適切に保存されれば10年以上保存しても受精能力を保つとされています。長期保存後の妊娠・出産例も多数報告されています。
Q6:精子を採取できない場合はどうなりますか?
A:射精による採取が難しい場合、精巣から直接精子を採取する方法(TESE:精巣内精子採取術)という選択肢もあります。当院院長はこのTESEに関する研究も国際誌に発表しています。
Q7:パートナーがいなくても精子保存できますか?
A:はい。将来のために、現時点でパートナーがいなくても精子を保存しておくことができます。
まとめ
- がん治療(抗がん剤・放射線)は造精機能にダメージを与え、不妊の原因になりうる
- 治療後に回復するとは限らず、無精子症になるリスクもある
- 精子凍結保存は、将来の妊娠の可能性を確実に残す方法
- 精子凍結は治療開始前にしかできない——時間との勝負
- がんと診断されたら、早い段階で主治医・専門医に相談を
- 自治体の助成金制度も活用できる場合がある
がんと闘うとき、「治療後の未来」を思い描けることは、大きな心の支えになります。
「子どもを持つ選択肢」を残すこと。それは、あなたががんと向き合う力にもつながるはずです。
一人で悩まず、まずはご相談ください。
太宰府市で妊孕性温存・男性不妊のご相談なら
天拝坂こばやしクリニックでは、アンドロロジー(男性医学)を専門とする泌尿器科専門医が、妊孕性温存・男性不妊に関するご相談に対応します。
こんな方はご相談ください:
- がん治療を控えていて精子保存を検討している方
- 男性不妊についてご相談したい方
- 将来の妊娠に向けて準備したい方
- ご家族のがん治療と妊孕性温存についてお悩みの方
院長の専門性: 獨協医科大学越谷病院でアンドロロジー・男性不妊専門外来を担当。がん患者の精子凍結・TESE(精巣内精子採取)に関する研究を国際誌に発表(日本臨床腫瘍学会・日本泌尿器科学会のガイドラインに引用)。
※高度な生殖補助医療が必要な場合は、連携する生殖医療専門施設へご紹介します。まずはご相談ください。
アクセス:
- 太宰府市から車で約10分
- 筑紫野市から車で約5分
- 大野城市から車で約15分
- 春日市から車で約15分
- 小郡市から車で約20分
駐車場完備
Web予約(24時間受付) https://patient.digikar-smart.jp/institutions/a356aa2e-6198-4d7f-9416-0731c1996e97/reserve
お電話 092-918-8338
📍 福岡県太宰府市大佐野2-24-1
監修者
天拝坂こばやしクリニック 院長 小林 知広(こばやし ともひろ)
保有資格
- 日本専門医機構認定 泌尿器科専門医
- 日本メンズヘルス医学会認定 テストステロン治療認定医
経歴
- 1984年 広島県尾道市生まれ
- 2009年 島根大学医学部 卒業・医師免許取得
- 2009年〜 竹田病院 → JR大阪鉄道病院(初期研修・泌尿器科)
- 〜2017年 獨協医科大学越谷病院 泌尿器科 助教(アンドロロジー・男性不妊専門外来担当)
- 〜2024年 京都ルネス病院 泌尿器科 部長
- 2024年10月 天拝坂こばやしクリニック 開院
所属学会
- 日本泌尿器科学会
- 日本メンズヘルス医学会
- 日本アンドロロジー学会
- 日本性機能学会
学術賞
- 第34回日本アンドロロジー学会学術集会 臨床部門賞 受賞(2015年)
英語査読論文(PubMed収録)
- Kobayashi T, et al. A questionnaire survey on attitude toward sperm cryopreservation among hematologists in Japan. International Journal of Hematology. 2017;105(3):349-352.(ファーストオーサー/日本臨床腫瘍学会がん・生殖医療ガイドライン等に引用)PMID: 27844197
- Shin T, Kobayashi T, et al. Microdissection testicular sperm extraction in Japanese patients with persistent azoospermia after chemotherapy. International Journal of Clinical Oncology. 2016;21(6):1167-1171.(日本泌尿器科学会 男性不妊診療ガイドライン2024等に引用)PMID: 27306218
- Iwahata T, Shin T, Kobayashi T, et al. Testicular sperm extraction for patients with spinal cord injury-related anejaculation. International Journal of Urology. 2016;23(12):1024-1027. PMID: 27766729
日本語論文・総説
- 男性更年期(特集:ストレスで悪化する内科疾患). Modern Physician. 2016.
- 精子も卵と同じように老化する?. 泌尿器外科. 2016.
- 精子のアンチエイジングは可能か. 腎臓内科・泌尿器科. 2015.
- ゴナドトロピン・アンドロゲン(特集:内分泌機能検査Update). ホルモンと臨床. 2014.
参考文献
- 日本癌治療学会. 小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017年版.
- 日本臨床腫瘍学会. がん・生殖医療に関するガイドライン.
- Kobayashi T, et al. A questionnaire survey on attitude toward sperm cryopreservation among hematologists in Japan. Int J Hematol. 2017;105(3):349-352. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27844197/
- Shin T, Kobayashi T, et al. Microdissection testicular sperm extraction in Japanese patients with persistent azoospermia after chemotherapy. Int J Clin Oncol. 2016;21(6):1167-1171. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27306218/
- Oktay K, et al. Fertility Preservation in Patients With Cancer: ASCO Clinical Practice Guideline Update. J Clin Oncol. 2018.